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文鮮明総裁の聖和式に際して(2012.9.14)

文顯進様の声明文(2012年9月14日)

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私の父、文鮮明総裁の突然の聖和(他界)に、
息子として悲しみを隠すことができません。

わたしは、真剣に考えに考えた末、
先父のための統一教会の聖和式には出席しないことを決めました。

しかし、わたしの家族を含め統一教会の指導者たちは、
先父の生涯を通しての活動と教えを解らないほどまでに歪曲してきました。
彼らはこの追悼儀式を通して、わたしの父が守ってきた原則とは無関係に、
先父の業績に対する自分たちの考えを正当化しようとするものです。
したがって、わたしがこの式に出席するということは、
彼らがしている作業を認めることとなってしまいます。
わたしはそれを認めることができません。

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わたしの父は、神さまのみ旨と人類のための偉大な人生を生き、
私たちはそのような貴重な人生に、当然、尊敬の意を示さなければなりません。
事実上長子として、わたしが先父を本当の意味で追悼することは、父に対する当然の道理です。
何よりも先父は、神さまの前に孝子として
「神さまの下一家族」というビジョンを中心として、平和と和解の世界を建設する摂理的な使命のために、ご自分の全生涯と基盤を捧げてこられました。
そうすることによって、神さまの哀痛する心情を慰労するための精誠を
尽くしてこられたのです。

神さまとの深い個人的な関係を通して父は、
人類を分裂させ、疎外させて来た偽善者たち(人種的、民族的、国家的、さらには宗教的な偽善者)とは関係なく、神さまの祝福を、神さまのすべての子女たちに伝えようとする情熱に満ちていました。
先父は、「ために生きる人生」で実現される利他的な愛、すなわち、真の愛という普遍的な原則と価値体系に根本を置いた、神さまを中心とした人類大家族の実現を熱望しました。

これは創世記からの神さまの夢であり、
先父はこの夢の主人となって、公的生涯と活動を通じて、この夢を成し遂げようとする人生を生きてこられました。
先父の最大の望みは、神さまのみ旨に献身する人生の先例を残すことであり、
そうすることで他の人々にも、同じ情熱と献身と主人意識を持って神さまの夢を実現できるように、鼓吹(こすい)させることでした。

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先父を追悼するための最も適した道は、
先父の生活を導いてきた神さまの夢を実現した実体となることであると思います。
先父のビジョンと開拓精神は、後孫が先父と同じ情熱で、継続的に努力して作っていくことの礎となるでしょう。
それこそが、先父を敬い、限りなく投入してきた先父の人生に対する正しい業績を称えるものと、わたしは信じています。

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一方、父の包容的で普遍的なビジョンとは対照的に、
今日の統一教会の指導者たちは、
先父が成し遂げようとしていた摂理的な目標を裏切る、偏狭で利己的なビジョンを持って対立してきました。
彼らは意図的に先父を、
すべての人が成長し神さまの息子娘として、個人の責任を果たすことを望む愛の親の姿ではなく、
一つの教会、または新しい宗教の創始者であり、最高権威者として登場させました。
彼らは、父を
人間とは違う水準に押し上げて、神格化しています。
しかし、これらの神格化は、
神さまの摂理における人間の責任を重視する父の中核的な教えに反するものであり、
統一教会信徒たちの上に君臨する絶対的権威を主張する根拠として使われています。

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これらの問題は、きのう、きょうのものではありません。
わたしはずいぶん前から、統一教会に対する社会から浴びせられる非難のうちの一部は、妥当な指摘であると認識してきました。

わたしは統一教会内部で、先父の名前と権威を、許すことができないほど誤用してきた指導者に、異議を提起しました。

改革のためのわたしの努力は、
腐敗し、強圧的な統一教会の指導者たちから、ますます過激な反対を招きました。
このような反対は、当初、わたしが運動の内部に責任を持っていた時、密かに進行され、後には、公開的に現れました。

2009年以来、わたしは人格殺人と訴訟に直面し、特に最も苦しかったことは、
先父と私の関係を断ち切られる体系的な試みに直面したときです。

このような状況でわたしは、GPF財団などといったチャンネルを通じ、
父が表象するすべてのものと真実に一致すること、すなわち、
神さまの夢を実現するためのビジョンを追求することを、決心しました。

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わたしは今、独自的な道を歩んでおり、
統一教会内部で行われた「後継者の葛藤」とは全く関係がありません。

先父が始めた人類のための神さまの仕事を続けており、
そのような活動を通じて、父と父が残した業績に直結されています。

わたしは、わたしの生のすべてを尽くして、
これらの活動を継続推進していきます。

一方、弟である文國進理事長と文亨進会長は、
先父に関連するすべてのプロジェクトと機関が、彼らの制御下にあると主張しています。
彼らは、全世界の統一運動が、ある画一的で、絶対的な構造によって拘束されていると虚偽の主張しており、合法的にわたしの責任下にあるものを含め、統一教会と関連するすべての資産と団体を独占しようと、積極的に努力しています。

この葛藤は、彼らによってもたらされたものです。
彼らが、自分たちの貪欲を放棄するなら、
この葛藤は、あしたにでも終息することができます。

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今まで、わたしはそのような攻撃に直面しながらも沈黙してきました。
わたしは、わたしの家族を大衆の悪評から保護し、
父の業績が持つ威厳を守ろうとしました。
しかし長子として責任を果たし、先父の追悼を正しく、威厳に示したいとするわたしの努力は、挫折してしまいました。
さらに教会側は、わたしの名前とわたしの妻と子供たちの名前を、公式遺族名簿から除外しました。それはまるで、わたしはもう父の息子ではない、と示唆するのと同じでした。

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したがって、わたしの定義と真実に基づいて、
父が立てた理想と基準が何なのか知らせる時が来たと思います。

わたしが過去に知っていた統一教会は破壊され、
現在の統一教会のシステムは、
父のビジョンやそのビジョンを具体化するためのわたしの活動の土台とも
全く無関係です。

このような状況でわたしは、統一教会の追悼式に出席することはできないものであり、先父が残した真の遺産をより適切に表わすという方法で、父を追悼したいと思います。
このような理由からわたしは、わたしの妻と子供たちと共に、父のために別に聖和式を行うつもりです。
わたしは父を深く愛し、
父が、父の生を捧げてきた神さまの摂理に深い尊敬心を持っています。
それが間違って伝えられてはいけません。

わたしは、先父のビジョンに感動したすべての人々と共に、
先父が残した遺産に意味を付与し、
それを実体化できるよう働いていきます。

わたしは、先父に対して信実に尊敬と哀悼の意を表わしてくださったすべての方に深く感謝を申し上げ、この声明をお読みくださったすべての方々にも、このような聖業に、祈る心情で共に参加してくださることをお願いいたします。

先父の精神と信念が、私たちを通して生き続けることを願っています。

2012年9月14日
文鮮明総裁の息子、文顯進