truth

四位基台を通した実体救援摂理

文会長は、第二の内容として、
真のお父様を通じた救援は、「神話的な事件」ではなく、「四位基台」を通した「実体救援摂理」であるという点を明らかにし、
自分はこれを受け継ぎ、
必ず「神さまを中心として模範となる国家」を建設するという決意を明らかにしました。

真のお父様の天宙聖和式
文顯進会長のみ言(2012年9月15日)-2

(先回からのつづき)

誰かが
良心の声に耳を塞ぎ、
原理にかこつけて神さまのみ旨を勝手に歪曲する事例があります。
そうではありませんか。
彼らは
神秘的な話を作り上げ、
自然秩序に違反する神学理論を作って、
自分たちの邪悪な意図を、正当化しています。

真のお父様は、
2000年前のイエス様の責任に焦点をあてて、メシアの使命を説明しました。

それは何故かというと、
真のお父様自身が、
準備された基督教の基盤の上に、2000年前にイエス様が「私はまた来る」と言ったみ言にもとづいて、
再臨主として来られなければならなかったからです。

しかし、基督教神学の2000年の歴史は、何と主張していますか。
イエス様が人間であるということを認めていますか、
それとも処女を通して生まれ、水の上を歩き、自然法則を超越して、肉身を持って復活する、神的な存在として説明していますか。

真のお父様は
基督教が理解しているイエス・キリストの使命とその働きについて、
何と語られましたか。

まず第一に、真のお父様は、
私たちが住んでいるこの世界と、自然を支配する根本的な法則と矛盾する、
すべての神話的、超自然的な概念、及び神秘主義的、盲目的な信仰を
批判しました。

イエス様に被せられた神秘性を取り除き
イエス様の家系を明らかにし
彼の使命が何か
メシアの使命が実質的に何を意味するのかを、説明しました。
これが、真のお父様のレガシーです。

神学において、存在論的な基督論によりメシアの使命を説明したのとは違い、
真のお父様は、救援論に焦点を合わせて、イエス様の使命を説明しました。

そして、人類が創造された時点から、これまで説明できなかった
メシアの使命を形成する、諸要件を明らかにしました。

人類の実体救援摂理は
真の家庭を完成することによってもたらされる血統転換から始まります
真の家庭は真の生命の木を代表するのであり、
この木は、
アダムとエバがエデンの園から追い出された際に、
人間が近付けないように、神さまが阻んでおいたのです。

救援は、単なる条件的なものでも、霊的なものでもありません。
救援は実体的なものです。
それは実体的で総体的であり、人間こそが、経験できるのです。

人類救援の約束は、不可思議な神人に絡んだ、
神話的な事件ではありません

真のお父様は、
誰も分からない全知の能力があったり、自然法則に逆うことができたり、または死を超越することができる方ではありません。
しかし、真のお父様は、
人間始祖を創造した神さまの期待を実現し、宇宙的な勝利を成就して、
人類に祝福を拡大することによって、
人類をこの地上に、神さまの実体的な王国を建設することに参加させるのです。

人間は個性真理体を完成し
祝福家庭を成し
氏族を形成する責任があります

あまり善良ではない動機を持っている人は、いつでもいるものです。
彼らが優先順位として考えることは、恐らく、正しいことではないでしょう。
彼ら自身が庶子なので、嫡統(嫡流)と対決しようとします。
彼らは、救援の基台を変形させ、突然変異を作ろうとします。
この突然変異によって、神さまの摂理の中で、人間が検証できることは
何一つありません。

統一教会、または統一家は、イエス様に関する神秘的な教理を批判してきました。
しかし、今、真の父母様に侍ってきた統一家は、基督教と、全く、同じ誤りを犯しています

真理は、矛盾のない論理です。
論理的な一貫性がなければ、それは、真理ではありません。
それでお父様は、平和メッセージを通じて、
「無知には完成がない」と繰り返し、語られました。

もし、皆さんが無知ならば
腐敗しやすく利用されやすく
間違った指示などに従うようになります

わたしは公職を始めた時に、こういうことを感じました。

しかし、このような文化を、一つひとつ直接経験するようになったのは、
実質的に世界平和家庭連合の世界副会長や、その他の機関の責任者に任命されてからです。

わたしは基本的に、統一家のすべての機関の責任を負っていました。
それゆえ、統一家の指導者たちの間に、
どういう文化が存在していたのか、説明することができます。

彼らは、道徳的で自立的な資格を備えた人々には、なっていませんでした。
天の法道と基準を、真摯に守ろうという努力を、しなかったのです。

食口たちに対し、お父様を利用して自分たちの利益を図ろうとしました。
彼らは、アベル的存在と絶対的に一つにならなければならないと強調しながら、
それが、真の父母様の指示だ、と言いました。

彼らの間に葛藤や意見の衝突のある時は、
まるで大人になっていない幼い小学生たちのように、真のお父様に告げ口しました。
彼らは、真のお父様からの仲裁や判決が欲しかったのです。

司法機関においては、時として、弁護士が完全に罪がある人の為に、「偽り」の弁論をすることがあるように、
こういう人には、良心も善悪に対する感覚もありません

これは、私たち統一家全体、特に真のお父様の名誉、
さらに重要な、摂理を進めるのにプラスになるかマイナスになるかを考慮しない、
全くもって、自己中心的な考えです。

わたしが知る限りでは、そういう人々は、多くの場合、
自分たち同士で結託し、真のお父様をあれこれと説得し、この指導者あの指導者を牽制するために、口裏を合わせます。
自分たちの行為を隠す為に、彼らは、
真のお父様が、すべての人、すべてことをご存知で、過りがなく、自分たちがお父様を欺瞞しようとしても、お父様は決して騙されない、という神話を作って、
究極的には自分たちの目的を成し遂げる為に、正当性を得ようとするのです。

それゆえ、真のお父様の観点や神様の観点で、原理と摂理の重要さを考える人なら、
統一家が陥っている論理的な矛盾点を、発見することができます。

誰がそうしたのですか。

真のお父様は、平和メッセージで何度も、こういうみ言に言及されました。

即ち、天法と天道を中心に建設された世界では
人類が自らの良心によって自分自身を規制するために
弁護士と判事が必要ないと。

ところが、このみ言で、
指導者たちについて見てみると、
統一家の現実とは非常に程遠い話です。

そのために、統一家には、不明瞭な混乱があるのです。

神さまの摂理と原理
そして真の愛の価値体系に関する真のお父様の教えには
論理的な矛盾がありません
しかし、
指導者の任命や、統一家内部の問題を扱うお父様の指示事項は、
朝と夕で変わることがあるのです。

皆さんは、何故、そういうことが起こると思いますか。

真のお父様を理解しようとする時、いつの頃からか、統一家に嵐のような状況が起きており、まるで警鐘を鳴らすトラックや、波に翻弄される航路浮標のようになっていることが見て取れるのです。

皆さんがみ言を読んでみると、
お父様がここではこう語られながら、別のところでは完全に違うことを語られているのを見てきたはずです。
何故、そうなのでしょうか。

わたしは、真のお父様のみ言が、統一家の歴史において、
この3年間ほど、露骨に、政治的に、利用された時期はなかったと思います。

指導者たちは、お父様が、さまざまな時に、さまざまの違うことを言われることを知っています。
そして、この数年間は、お父様のみ言の一部が、利用されたのです。

血縁にもとづく家族を治める天法があります

何故、人類の実体的な救援の為の復帰摂理が、それほど難しいのですか。
それは、
血縁のゆえです。

統一家は、何故、結婚祝福と血統をここまで重ねて強調するのですか。
それは他のどの団体よりも、私たちが血統の絶対性を認めるからです。

それゆえ私たちはまた、この血統の転換がどれほど難しいか知っています。
しかし、
そういうレガシーを持った団体が、
天法と矛盾する、浅薄な変種となるということは、
天の前に、絶対的に、畏れ多いことであり、
不敬千万なことです。

この天法は、家庭を支配し、
甚だしくは神さまさえも適用されるのです。

四位基台が示している意味は何でしょうか

私たちは、アダムとエバの家庭が、
サタンを中心として、偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統に根差した四位基台をなし、神さまから遠くなった、と説明しています。
ところで、サタンを中心として四位基台を成した家庭の中に、神さまが留まることができますか。
全能な神さまも、家庭を治める天法を破ることはできません。
そのため、
その家庭が、偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統に根差しているため、
神さまが所有権を主張できる家庭が、なかったのです。
それで救援摂理は究極的に
神さまが留まることができる家庭を、立てることでした。
全能な神さまといえども、家庭を治める天法を、自ら守らなければならないのです。

こんにち統一家で起きている事件とすべての混乱は、
もし私たちすべてが
良心が生きている個性真理体を完成し
祝福を受けて神さまを中心した家庭を成していたなら
発生しなかったはずです。
そういう家庭においては
家族全員が天法を守って天のみ旨に従って生き
一人ひとりの人格と良心を磨き上げ
善と悪正義と虚偽の間の境界をはっきりと明らかにするからです。

何故、私たちは、混乱し無知に陥り、
人類と天の前に、真のお父様の生涯が与える意味さえ、理解できない
暗闇に陥っているのですか。
私たちは、何故
そんな人々になってしまったのでしょうか。

わたしは息子として、父母様と一緒に暮したので、
真のお父様と真のお母様についてよく知っています。
わたしの兄弟たちについてもよく知っています。

ところで、わたしは率直に言って、ある程度成長する時までは、
こういう神話について、全く知りませんでした。

しかしある時点から、統一家の中に、
信仰の成熟度が異なる、多くの水準の人がいる、ということが分かるようになりました。
ある人はもっと成熟しなければならず、ある人は信仰の開発が必要でした。

単純な信仰の段階というのは、
他の宗教においても、その創始者を信じるようにする為に必要な
神話とそっくりでした。

こういう単純な信仰は、
発展して、より深い信仰に成熟しなければなりません
わたしはいつかは、そういう時が来なければならないと思っています。
真のお父様の在世中に来るように願っていましたが、
聖和後こそ必ずや

ある家庭において、子女たちが成熟できず、
彼らの父母がして来た偉業に責任を負うこともできず、
未だに後見人やその指示が必要だとしたら、その家庭の未来はどうなるでしょうか。
その家庭は栄えるでしょうか。
持続できるでしょうか。
その父母の精神が、子々孫々へと代々継承されるでしょうか。
それとも父母が死んだ後に、消滅するでしょうか。

私たちが父母として自分の子女たちを正しい息子娘として育て
その子女たちが伝統を守っている中で私たちが霊界に行くのなら
その家庭には未来があると思いませんか。
そうでなければ、皆さんは、
平和に対する大きな希望を持って、霊界へ行くことができるでしょうか。

統一教の家庭はどうですか。
神さまがたとえ、ご自身の息子(お父様)が、食口たちを選び育て成長させたとしても、
祝福中心家庭を見た時、神さまの摂理を押し進めて行くことのできる
成熟した子女としては
見ることができないだろうと思います。

それが、わたしが聖和式に行かなかった理由です。

それでわたしは、お父様のレガシーを決して忘れない、という決意を持って、
ここで、真のお父様に聖和の辞を捧げようと思います。

たとえお父様が、成就しようとされてきたすべてを成し遂げる前に、
霊界へ逝かれたとしても、
喜んでお父様の偉業を担って、進もうという、息子娘たちがいますから、
安心なさって下さい。

私たちが摂理に責任を負い、
お父様が、神さまのみ旨を中心として始めてこられ、
神さまと全人類の前に、必ず成就しようと約束されたことを
完遂します。

神さまを中心として、
手本となる国家が建設される日が来るでしょう。
それが、
混乱の世界に、希望の松明となるはずであり、
お父様が抱いてこられた、神さまの摂理と原理と価値、
特に真の愛の価値体系に根差した、天法と天道が立てられることでしょう。
究極的には、
主人意識と信念に溢れた、
真のお父様の直系に接ぎ木された子女たち、
そしてその氏族たちが参加して、
摂理がこの地の上に、実現されることでしょう。

(つぎにつづきます)